恋人と別れる50の方法 ── Paul Simon

ロック回想録🍑梅ちゃん日記

恋人と別れる50の方法

── Paul Simon

目次|開く・閉じる
  1. PROLOGUE|二人のPaul
  2. 01|相棒と別れる方法
  3. 02|レイア姫と別れる方法
  4. 03|別れたのに、家だけは建っていく
  5. 04|50通りの別れ方
  6. 05|Still Crazy After All These Years
  7. PSYCHOLOGY NOTES
PROLOGUE|二人のPaul

1963年10月13日。

ロンドン、パラディアム劇場。

英国のテレビ番組『Sunday Night at the London Palladium』にThe Beatlesが出演した。

劇場の外にはファンが押し寄せ、客席では女性たちの悲鳴が飛び交う。

Beatlemania。

英国中を巻き込む熱狂が、約1,500万人が観ていたテレビの向こうまで広がっていく。

その日、ニューヨークでは、もう一人のPaulが22歳になっていた。

Paul Simon。

まだ世界的スターではない。

翌1964年、幼馴染みのArt Garfunkelとデビューアルバム『Wednesday Morning, 3 A.M.』を発表することになる。

それから63年。

2026年10月13日。

Paul Simon、85歳の誕生日。🎂

さて、このPaul Simon。

1975年に『恋人と別れる50の方法』という曲を書いている。

恋人と別れる方法が50通り。

よほど別れ上手な男かと思いきや、この人の人生を覗いてみると──。

01|相棒と別れる方法

まず、Art Garfunkel。

出会ったのは1953年。二人がまだ11歳の頃。

ニューヨーク、クイーンズの小学校。

互いの才能も、弱さも、嫌なところも、知りすぎるほど知っている。

嫉妬、対抗心、優位に立ちたい気持ち。

だからこそ、相手から離れきれない。

幼馴染みというより、もはや兄弟間の感情に近い。

長く付き合うほどに、互いを思う執着はますます強くなる。

1969年頃、ArtはMike Nichols監督の映画『Catch-22』に出演するため、メキシコへ向かった。

当初はPaulも出演する予定だったが、Paulの役はなくなってしまった。

Artが映画の撮影中、ニューヨークに残り、曲を書いて待つPaul。

その頃に生まれたのが「The Only Living Boy in New York」。

歌詞に登場するTomは、少年時代に二人がTom & Jerryと名乗っていた頃のArtの名前。

映画へ出かけたArtに向けて、Paulはそんな歌を書き上げた。

1970年、Simon & Garfunkelは事実上解散する。

ところが1975年。

PaulはArtのために、新しい曲を書こうと思い立つ。

Artの歌は甘すぎる。だから、もっと意地の悪い歌を歌わせてみたい。

そんな発想から生まれたのが「My Little Town」。

Paulが曲をプレゼントすると言ったとき、Artは喜びながらも、こんな意味のことを返している。

完成したら、君自身が歌いたくなるんじゃない?

ArtはPaulの性格をよく知っていた。

案の定、Paulは曲を仕上げるうちに、自分でも歌いたくなってしまう。

そこでArtが、二人でハーモニーを付けることを提案した。

結局、二人はアラバマ州のMuscle Shoalsへ向かう。

そして「My Little Town」は、Paulの『Still Crazy After All These Years』とArtの『Breakaway』、それぞれのソロアルバムに収録された。

一緒に歌っているのに、それぞれ自分のレコードへ持って帰った。

1981年、セントラルパーク。

大観衆の前で、再び二人の声が重なった。

その勢いで、新しいアルバムまで作ろうという話になる。

しかし1983年。

Paulは制作途中のアルバムからArtの歌声を外し、自分のソロ作品『Hearts and Bones』として発表してしまう。

録音エンジニアによれば、Artのボーカルはマスターテープから実際に消されたという。

PaulにそこまでされたArtだったけど、それでも二人の関係は終わらない。

離れて、戻って、また離れる。

そんな二人が歌い始めると、声だけは恐ろしいほど美しく重なる。

けれど、あの美しいハーモニーの底には、まんじりともしない二人の葛藤が沈んでいる。

少年時代から積み重なった兄弟めいた確執、嫉妬と愛着の末の執着。

あまりにも美しいから、かえってゾワゾワする。

こういう厄介な愛着と執着を見て、「Limerence–Monomania」という言葉が浮かんできた。

Beatlemaniaが大勢の人間を巻き込む熱狂なら、こちらは、たった一人の相手をめぐって心の中に起こる熱狂。

しかも、相手がいなくなっても、なかなか終わらない。

02|レイア姫と別れる方法

さて、1983年。

Paul Simonは『スター・ウォーズ』のレイア姫、Carrie Fisherと結婚。

結婚を決心したのは、ヤンキースタジアムでダブルヘッダーを観戦し、2杯目のビールを飲んでいたとき。

帰宅してCarrieに結婚を申し込み、わずか5日後に結婚。

野球とビールで、ようやく腹が決まったらしいけど、

新婚旅行からもう喧嘩が始まった。

Carrieは後年、Paulに向かって、

あなたのことが嫌いなだけじゃない。人間として嫌いなの!

と言い放ったら、二人とも笑いが止まらなくなった、と振り返っている……。

憎悪というジャレ合い……。

結婚生活は約11か月で終わったが、離婚したあとも二人はまた付き合い始める。

……別れてないじゃん。

03|別れたのに、家だけは建っていく

Paulは、Carrieと暮らすために、ロングアイランドに家を建てていた。

結婚は破綻しても、家の建築は進む。

Paulはその後も車で建築現場へ向かい、建っていく家を眺めていたという。

何を思って、そこへ通っていたのだろう。

建築主として工事を確認する必要があったのか。それとも、ほかに理由があったのか。

その真の理由は分からないが、

Carrieと暮らすはずだった未来を、何度も確かめに行っていたようにも思える。

家も、道順も変わらない。

変わってしまったのは、そこに暮らすはずだった二人の未来だけ。

同じ場所へ向かい、同じ道を走る。

車の中では、友人からもらった南アフリカの音楽のカセットテープが、何度も何度も流れていた。

気がつけば、同じテープを何か月も聴き続けていたという。

別れた相手を追いかけるのではなく、二人で暮らすはずだった日常を追いかけている。

そんなふうにも見えてくる。

やがてPaulは、その音楽に惹かれて南アフリカへ向かう。

そして、1986年。

生まれたアルバムが『Graceland』。

妻と暮らすはずだった家へ向かう車の中で、まったく別の人生が始まっていた。

04|50通りの別れ方

1975年。

Paul Simon、34歳。

最初の結婚が終わりに向かっていた頃、彼は『Still Crazy After All These Years』を発表。

昔の相棒Art Garfunkelと再び歌った「My Little Town」。

昔の恋人との再会を歌った表題曲。

そして「50 Ways to Leave Your Lover」。

恋人と別れる方法を50通りと謳った男が、昔の相棒とはどうしても別れきれない。

のちには妻と離婚しても、また付き合ってしまう。

そんなPaulが作ったこの曲が、やたらと軽快で楽しそうときて、自嘲的なアイロニーを感じてしまった。

Steve Gaddのドラムが、あの忘れられないリズムを刻み、

別れ話だというのに、身体がつられて動いてしまう。

そして、50通りと大きく出たわりに、歌詞で具体的に教えてくれる別れ方は、たった5通り。

ここまでPaulについて見てくると、50通りも思いついたというのも、Paulの強がりと照れを感じたりして。

現実には、ひとつも使えなかった「恋人と別れる50の方法」。

05|Still Crazy After All These Years

そこで、あの建築途中の家を思い出す。

もう一緒に暮らすはずのない相手との家。

そこへ何度も車を走らせ、同じカセットテープを聴き続けていたPaul。

──嫌い嫌い、だから好き。

あなたの嫌いなところ、そこがあなたを好きなところ。

相棒と別れても、また歌う。

妻と離婚しても、また付き合う。

別れることはできても、

やっぱり、どこまで行っても割り切れない。

嫉妬も、愛情も、執着も、別れたからといって消えるわけじゃない。

仲違いも、喧嘩別れも、離婚さえも、関係を終わらせる行為ではなく、その関係の中で繰り返されるレクリエーションだったのかもしれない。

50通りの別れ方は、50通りの関係の続け方だったのかもしれない。

別れることさえ、二人の関係の一部だった。

ケンカ別れも、離婚も、いつまでも続く愛のプロセスのひとつに過ぎない。

1986年8月24日付『The Washington Post』。

Randy Sue Coburnのインタビューで、Paulは離婚後もCarrieと2時間も電話で話していたこと、Artとは音楽的な意見が違っても、その関係は生涯続くだろうと語っている。

そして、こんな言葉を残している。

“The big people in your life are the big people in your life.”

人生の中で大きな存在だった人は、
いつまでも大きな存在なんだ。

── Paul Simon

The Washington Post
“Paul Simon’s Musical Odyssey”
August 24, 1986
Interview by Randy Sue Coburn

1975年、34歳だったPaul Simonは歌った。

Still Crazy After All These Years.

「何年経っても、俺は相変わらずだ」

それから51年。

2026年10月13日。

85歳。

あれからずいぶん経ったけど、

まだクレイジーかい、Paul?

Happy 85th Birthday, Paul Simon. 🎂🍑📀

RECORD SHELF|この物語に登場したレコード(準備中)

Still Crazy After All These Years · Breakaway · Hearts and Bones · Graceland

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