Gizmoに夢中になり、スタジオに引き籠もっていたGodley & Creme。
モグラの穴から這い出すように、久しぶりに時代の光を浴びてみれば、世間はSex Pistolsを筆頭にパンクロックの大流行。
さて、本日は1977年。
時代に取り残された二人の視線の先で起きていた、パンクロックの悲喜こもごも。
Johnny Ramone、登場。
1977年、ニューヨーク。
Ramonesの3枚目のアルバム『Rocket to Russia』のレコーディング初日。
Johnny Ramoneがスタジオに持ってきたのは、自分のギターでも新曲のデモテープでもなかった。
Sex Pistolsのシングル《God Save the Queen》。
英国でパンクが爆発していた1977年。ニューヨークで先にパンクを始めていたRamonesのギタリストは、海の向こうの後輩が出したレコードを、わざわざ録音現場へ持参し、いの一番にコントロールルームでかけたのだ。
狙いはSteve Jonesのギター。
あいつより、いい音を出してやる。
レコーディングに立ち会ったEd Stasiumが、後年この日のことを語っている。
Johnnyが気にしていたのは、Steve Jonesより難しいフレーズを弾けるかどうかではない。
こだわったのは、音。
Ramonesのギターには、そもそも長いソロがほとんどない。
Johnnyはギターを抱えると、右手をひたすら下へ振り下ろす。
ダウンストローク。 ダウンストローク。 ダウンストローク。
普通ならピックを下げて、上げて、下げて、上げてと往復させるところを、下方向ばかりで刻んでいく。それを高速で続ける。
さらに、いわゆるパワーコードだけでなく、6本の弦を使ったフルコードも鳴らして、余計な装飾は入れず、曲の頭から終わりまで、ギターが巨大なリズムの塊になって突っ走る。
Johnnyが練習に使った曲のひとつが、Led Zeppelinの《Communication Breakdown》だった。
Jimmy Pageのあの刻みを、ひたすら練習した。
Led ZeppelinからRamonesへ。
なるほど、こういうところで繋がっていたのか。
Ramonesは速くて、うるさくて、荒っぽい。
ところが、よく聴くと演奏の骨格は妙に整っている。Johnnyの右手が、休まず一定の仕事をしているからだ。
キャッチーなメロディーと、息つく暇もない疾走感。その両方が見事に噛み合った『Rocket to Russia』は、Ramonesを代表する一枚であり、パンクロックを語るうえでも欠かせないアルバムになった。
問題は、この男が人間に対しても同じような規律を求めたことである。
Ramonesを結成する前、JohnnyはJoeyと映画を観に行く約束をして、Joeyが時間に遅れてきた。
JohnnyはJoeyをぶん殴った。
理由は、遅刻したから。
映画である。
別に開演時間に間に合わなかったから世界が滅びるわけではない。
しかしJohnnyにとって、時間を守らないというのは、それほど腹立たしいことだったらしい。
この話はJohnny自身が自伝『Commando』で振り返っている。
やがて二人はRamonesを結成する。
Joeyは背が高く、繊細で、内向的なヴォーカリスト。Johnnyは規律に厳しく、バンドの仕事を仕切るギタリスト。
音楽の好みも、政治的な考え方も、性格も違う。
それでもステージに立てば、Ramonesだった。
Rocket to Russia
── 3コードでは解決できない恋 ──
〜 二人のRamoneが愛した女 Linda Ramone 〜
※ 掲載画像はLinda Ramoneの美意識に着想を得た創作イラストです。実際の住居を再現したものではありません。
LINDA’S LIVING ROOM
ホットピンクとレオパード。好きなものに囲まれて暮らすLindaの世界。
THE GIRL FROM QUEENS
そして、Linda Danielle。
ニューヨークの小さなクラブに通い、ロックンロールに夢中になっていた若い女性。
クイーンズで育ったLindaは、まだ十代の頃からマンハッタンへ出かけ、CBGBやMax's Kansas Cityに通っていた。
New York Dolls、Blondie、Television、Ramones。
まだパンクロックが小さなクラブの中にあった時代。Lindaは、その音楽を客席から見つめていた女の子の一人だった。
SladeやSweet、Iggy Popも大好きだった。
派手な服が好き。ロックンロールが好き。自分の好きなものに囲まれていたい。
JoeyとLindaは、そんな音楽の趣味を通して惹かれ合った。
Joeyと同じ音楽を愛し、やがてJoeyを愛した。
Lindaはツアーにも同行し、Ramonesの世界の中で暮らすようになる。
その世界には、Johnnyもいた。
同じ革ジャンを着て、同じステージに立つ二人の男。
けれども、彼女が見ていたのは、革ジャンの下にいる、それぞれ違う人間だった。
Joeyを愛した日々があった。
そして、Johnnyを愛する日が来た。
Johnnyもまた、Lindaに深く惹かれていった。
後年のLindaの証言によれば、三人はこの関係が危ういことを分かっていた。Johnnyと距離を置こうとしたこともあったという。
それでも気持ちは変わらなかった。
JoeyはJohnnyに、Lindaと話さないよう求めた。
Johnnyは拒んだ。
彼女は俺の親友だ。お前に指図される筋合いはない。
あるとき、Joeyはホテルのジャグジーで手をつないでいるLindaとJohnnyを見つけたという。
ステージの上では、ギターを弾く男と歌う男。
ステージを降りると、その二人が同じ女性を愛している。
二人の関係が決定的に変わっていくなかで、Lindaもまた、自分の人生を選ばなければならなかった。
彼女はJoeyとの関係を終え、Johnnyと生きることを選んだ。
Joeyの恋人が、Johnnyの妻になった。
ひとつの恋が終わっても、その人を愛した時間まで消えてしまうわけではない。
Lindaは後年、Joeyとの恋愛を人生の大切な時間として振り返っている。一方で、Johnnyこそ自分が生涯をともにする相手だったとも語っている。
Joeyを愛したことも本当。
Johnnyを愛したことも本当。
どちらか一人を愛したことにする必要など、なかったのだ。
LINDA’S RECORD ROOM
レコードとロックンロール。二人が集めた音楽の記憶。
THREE CHORDS, TWO HEARTS
この三角関係は、2010年、米『TIME』誌の「歴史に残る恋の三角関係TOP10」にまで選ばれた。
George Harrison、Eric Clapton、Pattie Boydの三角関係と並んで、ロックファンの間でも長く語られてきた出来事だった。
ロック界の恋愛事情、なかなか忙しい。
ただ、Lindaの人生を「二人の男に奪い合われた女」という一言で片づけると、大切なものが抜け落ちてしまう。
彼女は二人の男の間で、ただ誰かに選ばれるのを待っていたわけではない。
愛する相手を、自分で選んだ。
その選択によって、誰かが傷ついたことも知っていた。
JoeyとJohnnyの関係は決定的に悪化し、二人は長年ほとんど口をきかなくなった。
それでもRamonesは解散しなかった。
レコーディングする。 ツアーに出る。 ステージに立つ。
Johnnyはギターを弾く。 Joeyは歌う。
演奏が終われば、また別々。
ロックバンドというのは、割と時々とんでもない職場になる。
そして1981年。
Ramonesは『Pleasant Dreams』というアルバムを発表する。
その中に、Joeyの書いた一曲がある。
《The KKK Took My Baby Away》
「KKKが俺の恋人を連れ去った」😱
KKKとは、アメリカの白人至上主義団体Ku Klux Klanのこと。
何とも物騒な題名である。
この曲には、長年語られてきた説がある。
JohnnyにLindaを奪われたJoeyが、その出来事を歌にしたのではないか。
政治的に保守的だったJohnnyを、KKKになぞらえた皮肉なのではないか。
しかし、Johnny自身はLindaをめぐる出来事が題材だという説を否定している。Joeyの過去の別の恋愛に由来するという証言もあり、曲の意味は確定していない。
だから、JoeyがLindaへの思いをこの曲に込めたと断言することはできない。
それでも、この曲をJoeyが歌い、Johnnyがギターを弾いていた。
その事実だけは変わらない。
もしJoeyがLindaを思って歌っていたのだとしたら。
Johnnyは、何を思ってギターを弾いていたのだろう。
そしてLindaは、この曲をどんな気持ちで聴いていたのだろう。
三人だけが知っている時間がある。
レコードに残されたのは、Joeyの声とJohnnyのギター。
そこにLindaの声はない。
けれども、二人の人生を語ろうとすると、彼女の存在を抜きにすることはできない。
LINDA’S BEDROOM
華やかな色彩と装飾。Lindaの美意識をイメージした部屋。
LOVE NEVER LEAVES
LindaはJohnnyと長い年月をともに過ごし、1990年代に結婚した。
Ramonesが1996年に活動を終えると、二人はロサンゼルスへ移った。
ツアーの日々が終わり、Johnnyが長年望んでいた引退後の生活が始まった。
野球、ホラー映画、古いレコード、映画のポスター。
二人の家には、Elvisの部屋があり、ホラー映画の部屋があり、Nancy Sinatraのレコードジャケットを思わせる鮮やかな色彩のリビングがあったという。
革ジャンのパンクロッカーと、ロックンロールが大好きだった女の子。
二人が好きだったものが、少しずつ部屋の中に集まっていった。
レコードが増え、映画のポスターが壁を飾り、互いの趣味が混ざり合った家ができた。
それはJohnnyだけの家ではなかった。
Lindaが選んだ色、Lindaが愛した音楽、Lindaが集めたもの。
二人が一緒に暮らした時間が、部屋のあちこちに残されていた。
2001年、Joeyが亡くなる。49歳。
2004年、Johnnyが亡くなる。55歳。
Lindaは夫を失った。
ニューヨークの小さなクラブで出会った二人の男は、どちらもこの世を去った。
Lindaは、Johnnyの死後もRamonesの記録や遺品を守り、展覧会や追悼イベントに関わってきた。
2016年、ニューヨークのQueens Museumで開かれたRamonesの展覧会。
赤い髪にティアラ、指輪をいくつもつけたLindaが、かつての写真やステージ衣装を案内して歩く。
Joeyの眼鏡。Johnnyのギター。古いセットリスト。
そして、Joeyの歌詞が書かれた一枚の紙。
そこにはLinda自身の筆跡も残っていた。
Joeyが言葉を口にし、Lindaがそれを書き留めたという。
かつて恋人同士だった二人が、ニューヨークのアパートで過ごした時間。
何十年も経って、その筆跡が博物館のガラスケースの中にあった。
Lindaは、自分を歴史家ではなく、コレクターだという。
もともとRamonesのファンだった女の子が、今はその歴史を伝える人になっている。
けれども、彼女に向けられてきた視線が、いつも温かかったわけではない。
Joeyを捨ててJohnnyに乗り換えた女。
二人の仲を引き裂いた女。
果ては「Yoko Ramone」などと呼ばれることもあった。
Lindaは、そうした見方に反論している。
Joeyとの恋は初恋で、とても深く、素晴らしいものだった。
けれども、やがてJohnnyと恋に落ちた。
Joeyと別れたあと、しばらくは連絡を取らなかったが、後年、Joeyのほうから電話があり、それをきっかけに再び話すようになったという。
Johnnyは、そのことを知らなかった。
知っていたら許さなかっただろう、とLindaは話している。
なぜ、内緒で連絡を取り続けたのか。
Lindaの答えは、Ramonesのためだった。
三人とも、自分たちの恋愛よりバンドを優先していた。Joeyがバンドに残り、音楽を続けられることが大切だったのだ、と。
それは、彼女自身が語った理由である。
そして、実際にRamonesは1996年まで活動を続けた。
けれども。
それだけだったのだろうか。
LindaはJohnnyと生きることを選んだ。
けれども、Joeyとのつながりまで手放したわけではなかった。
強い意志で物事を決めていくJohnny。繊細で内向的なJoey。
まるで違う二人の男を、彼女は愛した。
Johnnyには、人生を一緒に進めていく力強さがあったのかもしれない。
一方のJoeyは、普段は物静かで、どこか傷つきやすい男だった。けれども、ステージに立てば、誰にも真似できない声を持っていた。
Lindaは、その両方に惹かれた。
Johnnyと暮らしながら、Joeyとも連絡を取り続けていた。
強引なJohnnyに引っ張られて生きる日々の中で、Joeyと共有していた柔らかな時間や、言葉にしなくても通じ合う感覚が、彼女には必要だったのではないか。
あるいは、そんなふうに二人の役割を分けて考えることさえ、Lindaには無意味だったのかもしれない。
JohnnyはJohnny。JoeyはJoey。
どちらも愛している。
それだけのことだったのではないか。
一人の男を愛することで、もう一人に惹かれた自分まで失う必要はない。
Johnnyを選んだことと、Joeyを必要としなくなることは、同じではなかった。
LindaにとってJoeyは、終わった恋の相手であると同時に、人生から消してしまうことのできない人だったのだろう。
そして、彼女には彼女自身の世界があった。
ロックンロールが好きで、映画が好きで、古いレコードや鮮やかな色の家具を集め、自分の好きなものに囲まれて暮らした。
Johnnyと暮らしたロサンゼルスの家も、そんなLindaの美意識に満ちていた。
二人の男のどちらかに合わせて、自分を作り替える女ではなかった。
自分の世界を持った女だった。
2001年、Joeyが亡くなった。
2004年、Johnnyが亡くなった。
二人がいなくなっても、Lindaの人生から、二人を愛した時間が消えることはない。
今夜もレコードを回せば、
RamonesをRamonesでいさせた
Johnnyの鋼鉄のようなギターと、Joeyの甘く切ない歌声。
その音楽の中には、今も
Lindaの迷いのない愛が息づいている。🍑📀




